ムンク「苦悩の画家」後編【画家】

エドヴァルド・ムンク。ノルウェーでは国民的画家で、“表現主義”作家として大変尊敬されています。橋の上の奇妙な絵、《叫び》はあまりにも有名ですね。彼が表現した感情は、常に不安や恐怖がありました。今回は苦悩を抱えたその人生にせまります。

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後編

「生命のフリーズ」の完成

生命のフリーズ

1892年ムンクはパリ留学からノルウェーに帰国した頃から、「生命のフリーズ」構想を固めてきました。

ここでムンクが生涯かけて制作していった「生命のフリーズ」とは、どのようなものなのでしょうか?実はその内容については大きく4つに分けられます。

愛の芽生え    《接吻》《マドンナ》など
愛と開花の移ろい 《吸血鬼》《生命のダンス》など
生の不安     《叫び》《不安》《ゴルゴダ》など
死        《臨終の床で》《屍臭》《メタボリズム》など

”フリーズ”とは建築用語で、(ローマやギリシャなどの)古代建築によく見られるレリーフで装飾です。王の歴史や、宗教彫刻など物語や意味をなす装飾ですね。ムンクの絵は彼自身の生命のストーリーとしてのネーミングなんですね。

それらの絵は、抑えた色調の中で人間の内面を描き出そうとしたもので観念的な傾向を感じさせるもの、と考えられています。あの、サン・クルー宣言からムンクの心の中で徐々に育まれてきた、いわば画家人生のテーマとも言えるものでした。

ノルウェー〜ベルリンの展覧会から、「生命のフリーズ」シリーズの絵は少しづつ発表され、そしていよいよ、それらは完成を迎えます。

版画作品の制作と、パリでの成功

1895年の秋、ムンクは再びパリに移ります。経済上の活路を求める意図もありましたし、先に来ていた親友ストリンドベリの後を追って来たとも言われています。

活動の中心は「生命のフリーズ」で描いた絵画の版画作品の制作でした。ムンクは1894年から銅版画を始めましたが、その年の終わりから石版画、さらには木版画にも制作に専念します。

《マドンナ》1895–1902年頃
大原美術館所蔵の版画版
《病める子》1896年 ムンク美術館
《腕の骨のある自画像》1895年 ムンク美術館
《少女と死》1894年 ムンク美術館
《孤独な人たち》1899年 ムンク美術館

パリの批評家の多くは、ムンクの作品についてあまり良くありませんでしたが、展覧会では注目を集めていたのは事実、ムンクの生計は次第に楽になっていきます。そして「表現主義作家」として認知されてきたのはこの頃でした。

愛の代償

「生命のフリーズ」の終結

1902年、再度ベルリンに移ったその《生命のダンス》の他、《死んだ母親と子》《メランコリー》《赤い蔦》など、「ベルリン分類派展」にて22点の作品で構成された「生命のフリーズ」が、この展示をもって完成。完結します。

その《生命のダンス》の赤いドレスを着ている女性。この女性はクリスチアナに住むトゥラ・ラーセンというノルウェー最大の葡萄酒業者の娘で、「生命のフリーズ」の終盤でよく描かれている女性なんです。1899年、ムンクはトゥラと恋に落ちました。

《生命のダンス》1899年 オスロ国立美術館
《死せる母と子》1899年 ムンク美術館
《メタボリック》 1899年 オスロ国立美術館
《赤い蔦》1898年 ムンク美術館
《メランコリー/ラウラ》1899年 ムンク美術館
《ゴルゴダ》1899年 ムンク美術館

愛の終結

この頃、トゥラはムンクとの結婚を切望していましたが、彼はいろいろ言い訳をして断っていました。元々女性にコンプレックスがあったムンクはトゥラを、次第に避けるようになっていったのです。

《定め》はそんなムンクが、トゥラとの結婚に対し苦しみながら、描いたもの。

「われら病める者は、命の樹をに腐らせる。肺病の毒でもって新しい家庭を気づくべきか呪われた子供たちのいる家庭を」

ムンクは性病を患った母親と子供、その姿に対し哀れみを覚えました。生まれながらに病気を患い不幸の家族をもった自分に、重ねてしまったのでしょうか。

《定め》1899年 ムンク美術館
《罪》1901年 ムンク美術館
《マラーの死》1907年 ムンク美術館

そして悲劇は起こりました。1902年6月、友人たちの企てた計画により、2人はノルウェーのオースゴールシトランで久しぶりに会うことに。

一度は同棲する約束をしますが、とあるいさかいからトゥラは「自殺する!」と拳銃を取り出します。ムンクは必死で銃口を手で塞ぎ…… するとピストルが暴発。ムンクは左手中指を失うという悲惨な結果になってしまうのでした。

その後……彼女はムンクから去り、ムンクの同僚だった若い男と結婚。ムンクはこれを裏切りとして受取り、しばらくのあいだ彼女に執着していたと言います。

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